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頭の良い人が必ず嫌われる理由

 結論から言ってしまえば、あなたのように筋道の通った 理性的な考え方が正しいと思って生きている人は 多数派ではない、ということです。 勿論、あなたも私も含めて非常に理性的で公正だ、とは 言えません。 それでも、自分が理性的ではなく、公正でもないことを ちゃんと自覚している分、その自覚が無い人や、自省しない 人に比べて理性的で公正であるのではないかと考えています。

誰でも自分中心に物事を考えてしまいます。 他人の事を考えようとしても、自分の利害から見た視点で 考えてしまう。 更に言えば、大抵は自分が知っていることしか、知りません。 知っていることでしか、考えられないと言うことです。 知らない事を知ろうとは中々思えないし(面倒だし、誰かに 教わるのでは立場が低くなるから。)知らない事でも知ったかぶり したり、取るに足りない事と決めつけて自分が無知であること、 思慮が足りない事を考えたくはないのです。

まず殆ど全ての社会ではサル山と同じように上下の階級が 厳然と、或いは暗黙の裡に存在し、その階級より上の相手と 下の相手とは決して同じようには対しません。 上の人には迎合するし、意見など言わない。 言ったとしても、阿諛追従の気持ちが根底にある。 強い人に可愛がってもらえば自分の立場が安泰と思うから。 下の人間に対しては、自分の立場を脅かすようなことが ないように、高圧的だったり支配的に振る舞うことが 少なくない。 これも自分の立場の安泰を前提に組織を 考えているためで、利己的にしか考えていない。 だけど、下の人間からは賞賛や憧れが欲しい。 それによって自分は上位の人間なんだと安心できるし 立場を脅かされるのではないかという不安を和らげる 事が出来る。 だから、下の人間の人気取りをしたいと考えて 奢ったり若い人の気持ちが判る人間の振りをしたり するわけです。 内心では、下の人間の気持ちを大切にしようなどと 仮に言葉で言っていたとしても実際はそうは考えない。 つまり、大なり小なり言葉を話してもっともらしい 理屈を言うけれど、その言動のモチベーションは サル山のサルと殆ど変わりません。 そんな中で、より公正にとか、理性的にとか、 考える人がどう見えるかというと、「ここでは 通用しない屁理屈を何かにつけて持ち出しては 階級をないがしろにするようなことをズケズケと やる嫌な奴、本音では「敵」もしくはそれに準ずる者、と 見る訳です。 サイズを訊かれればそれだけ答え、気に入らない、 或いは全然嬉しくないものを貰っても、喜んだ振りを して、感謝している顔をする。 それが部下の人気取りをしたい上司先輩からすると 自分の「気遣い・思いやり」(と思い込みたい打算) に対する、ごく常識的な反応であるべき(嬉しいだろ? 俺っていい上司だろ?)だと無意識に考えてしまう。 そこで自分の意見や嗜好を主張するなど、自分の 部下思いの思いやり(本人は欺瞞の自覚が乏しい)に 泥を塗る様な非常識な人間だ!と見做すんです。 まるでサル山のサルでしょう? この傾向は誰でも多かれ少なかれ持っています。 勿論、あなたも、私も、その上司先輩も。 だけど、その傾向がかなり強い者程、旧態依然とした 組織ではそこそこ出世する傾向にある。 上司に親和的、部下には支配的、その癖、上司から 可愛がられ、部下からは慕われたい。 このように書いていても吐き気がしそうな醜さです。 が、人間も弱い生き物だから身を守り、よりよい明日を 望めば仕方がないことだよなあ、と思えば諦観も 感じます。 絶望的にならずに済む、という訳。 こういう面従腹背が当然視される組織の中で、 自由意見を述べ、自由意志に基づく理屈を口にすれば 疎まれる。 おべっかをいい、揉み手をせんばかりに卑屈になる 必要もないとは思いますが、礼儀正しく余計なことは 一切言わず、軽蔑ととられるような無表情にならぬ様に いつも柔和な物腰を忘れず、さりげなく上司を立て、 意見を求められれば上司に反対したりすることが 無い様、時には上司の意見から応用したものであるような 作為さえ忍ばせて、まあ穏やかに皆、ご機嫌取りを しながら生きている訳です。 目を付けられれば目の敵にされますし、そういう人と 付き合っていると、陰口を叩いているに違いない、と 上司を疑心暗鬼にもさせてしまうので、眼を付けられた 人から、他の人々は距離を開けようとします。 全ては、保身のため。 またぞろ長々書いてしまいましたが、良く言うKYとは 普通に理屈が通ることを物差しにして生きている人、とも 言えます。 筋の通らない事、理不尽な事。 つまり、組織の上下関係と人間の保身と。 そういう、人間臭いモヤモヤしたもの、誰もはっきりとは 中々口にしないものを、みんな保身の為に理屈よりも 最優先にして生きている。 だから、自分の考えや感覚を大事にする人々は、中々 組織の中では生き難い。 人によってはそこそこ反抗的だが有能な処を上手に アピールし、無能な上司と軽蔑しながらその上司の 喜びそうなことを織り交ぜて「あいつは若かったが 俺が育ててやったんだ」というような子飼いの部下に 成りあがって、やがてその上司を踏み台に出世しようと 企む切れ者もいます。 いずれにしても、「仕事をきちんとやり遂げよう」と 考えて、真面目に道理に従って生きようとするか、 「出世してやる、儲けてやる、成功してやる」と 成果主義で考え、仕事自体ではなく、サル山の より上位に上がることを目的として立ち回るか。 生き方、或いは人生観・価値観の問題だと思います。 あなたは、何を求めて生きていますか? クビにならない程度の低い評価でも、自分が 頼ってきた道理に従い、例え自己満足でしかない ことでも自分の仕事と向き合う修行僧のような 価値観で生きるか。 他人からより高い評価を求めて生きるか。 或いは、もっと自分の生きやすい世界を探して いつかはそこを出て行こうとするか。 あなたの悩みは、あなたが棲みたい水を探して いけるかどうかにかかっているのではないでしょうか? 生意気と言われないために、ではなくて、あなたを 生意気と言う上司先輩同僚たちの理不尽なサル的な 価値観に添って自分を殺すか隠すかして生きる。 そんなことより、あなたが自分の能力や可能性を 延ばせる場所にシフトする方が良いような気が します。 自分を隠して周囲に合わせて生きるも生き方。 棲みやすい場所を探して移り住むのも生き方。 力を蓄え戦略を練り、相手を陥れる位の気概を持ち、 そこで地位を築こうとするのも生き方です。 いずれの生き方の生物もいますから、そのいずれも 生き方としてはノーマルなんです。 あなたは、どう生きたいですか?